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最高裁判所第一小法廷 昭和62年(あ)159号 決定

本籍

京都府長岡市今里三丁目六番地

住居

同八幡市八幡三本橋六〇番地 富郁荘

無職(京都教育大学農学部付属農園研究生)

小西英次

昭和二年五月一八日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和六一年一二月二六日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人中村紘毅の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例(最高裁昭和四〇年(あ)第六五号同四二年一一月八日大法廷判決・刑集二一巻九号一一九七頁)は、逋脱犯の実行行為である「偽りその他不正の行為」には所論のように不作為が含まれないという趣旨まで判示したものではないから、所論は前提を欠き、その余は、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 四ツ谷巖 裁判官 角田禮次郎 裁判官 高島益郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 佐藤哲郎)

昭和六二年(わ)第一五九号

○上告趣意書

所得税法違反 小西英次

右の者に対する頭書被告事件について、大阪高等裁判所第二刑事部が昭和六一年一二月二六日、言渡した判決に対し、弁護人から申立てた上告の理由は左記の通りである。

昭和六二年四月四日

右弁護人弁護士 中村紘毅

最高裁判所第一小法廷 御中

原審は、第一審の判決を破棄し、予備的に追加変更された訴因につき、有罪を認定したが、これは貴庁の昭和四二年一一月八日、刑集二一・九・一一九七の判例に違反のみならず、重大な事実誤認があり、判決に影響を及ぼすことがあきらかであるので、原判決を破棄し、無罪を言渡さなければ著しく正義に反すると思料するので、次に理由を述べる。

一 貴庁の判例に違反する点について(刑事訴訟法四〇五条二号該当)

貴庁の前記判例によれば、逋脱犯における実行行為たる「偽りその他不正の行為」とは、単なる不作為或は消極的行為では足りず、ほかの何らかの不正手段が伴わなければならない旨判示されている。ところで、被告人は後記二の通り、虚偽・過少の申告という認識を持っていなかったのであるが、仮に、右認識があったとしても被告人は単純に修正申告をしなかったにすぎず、他に何らの不正手段も行っていないのであるから、法定刑の軽い単純な無申告犯に問擬されるは格別、逋脱犯に問擬されるのは、筋違いというべきである。

二 重大な事実誤認について(同法四一一条三号該当)

原判決は、補足説明において「本件における被告人の様に自己の落度ある行為により、客観的にみて明らかに事実に反する虚偽・過少の所得税確定申告書の提出という事態を惹起したものが、これが虚偽・過少のものであることを認識した場合には、速やかに国税通則法一九条一号所定の修正申告等の措置により、適正な税額の支払いに協力すべき義務を有する………から、かかる不作為が所得税法二三八条一項にいう『偽りその他不正な行為』にあたる」旨、判示している。

しかし、いかに被告人に落度があるとはいえ、被告人は「明らかに事実に反する」との認識もなかったし、「虚偽・過少」との認識もなかったのである。被告人が村井から受取った申告書の控には、特例適用条文・所六四-二との記載があったので、特別な優遇が法的にも認められると思ったこと、それまで岩井や村井から大蔵次官通達により、同和関係者に対して、事実上或は法律上の優遇措置が講ぜられている旨の説明を受けていること、被告人は同和関係者ではないものの、村井らから会費を納入することにより、同和団体の準会員として扱った上で申告する旨説明されていること、申告書の控には、原審が罪となるべき真実で判示した様な、被告人が株式会社ワールドの債務の連帯保証人となったなどという架空の事実については、全く記載されておらず、その様な方法で節税をはかるということは事前に全く誰からも説明されておらず、節税の方法については、すべて同和関係者に任せていたものであること、等の諸事情を彼此勘案すれば、被告人が右判示の様な虚偽・過少の申告という認識を持っていなかったと認むべきである。

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